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サードウェーブ系哲学的ゾンビ

知る。考える。感じる。想像する。

今さら聞けない「IoTとARMって何?」−ソフトバンク孫社長が買ったものとは

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f:id:sky-y:20160723083611j:plain (SoftBank World 2016 孫正義 プレゼンテーション資料より引用。)

「ソフトバンクが英ARM社を3.3億円で買収した」というニュースは、皆様なんとなくご存じだと思います。

www.itmedia.co.jp

ソフトバンクの孫正義社長は、「今回の投資の目的はIoTがもたらす非常に重要なチャンスをつかむことにあり、ARMは、当社グループの戦略において重要な役割を果たしていく」と説明(上記サイトから引用)

しかし、

  • ARMって何の会社?
  • そういえばIoTって何だっけ?
  • なんでARMプロセッサがIoTにとって重要なの?
  • なんで孫社長はARMを買ったの?

と、ハテナだらけの方も多いと思います。

この記事では、そんな疑問に答えてみたいと思います。

Q1: ARMって何の会社?

A1: スマートフォンやタブレット、ネットワーク機器や自動車用マイコンなど、様々なデバイスに入っているプロセッサの「設計図」を売っている会社です。

ARM社は工場を持たない

f:id:sky-y:20160723083609j:plain (SoftBank World 2016 孫正義 プレゼンテーション資料より引用。)

まず、ARM社はプロセッサの知的財産権(ライセンス)を売る会社です。ARM自身は工場を持たず、プロセッサも作りません。

実際に「ARMと名の付いたプロセッサ」を作るのは別のメーカーで、そのメーカーにライセンス(平たく言えば設計図)を与えるのがARMの商売です。

同社は、言うなれば「デザイン特許」のようなノウハウを売る会社なので、納品すべき品物(deliverables)がありません。このため、ほぼ「売上高=粗利」になります。グロスマージンは95.9%です。同社の営業費用のうち65%が研究開発費です。つまり同社は「R&Dのかたまり」みたいな会社なのです。ちなみに営業マージンは42%です。

ソフトバンクは何故べらぼうな値段でARMホールディングスを買収するのか? - Market Hack

工場や在庫を持たないということは、ソフトバンクによる買収においてもかなり有力な判断材料になったようです。

ARMプロセッサの守備範囲

f:id:sky-y:20160723083610j:plain (SoftBank World 2016 孫正義 プレゼンテーション資料より引用。)

次に、ARMプロセッサが使われる場所は、要するに「高性能なPCやサーバ以外全て」です。特に消費電力の小ささがARMプロセッサの強みで、この点はインテルのプロセッサよりも勝ります。

  • スマートフォンとタブレット
    • Android端末のほとんどがARMベースのプロセッサを持つ
    • iOS端末に搭載されているAシリーズ(A9など)も、ARMプロセッサの命令セットがベース
  • ネットワーク機器: シェア15%
  • センサーに連動するプロセッサ(自動車用マイコンなど): シェア25%

(データ出典: ソフトバンクは何故べらぼうな値段でARMホールディングスを買収するのか? - Market Hack)

Q2: IoTって何?

A2: 「人間以外とつながる」インターネットです。

f:id:sky-y:20160723083608j:plain (Internet Of Things Applications Areas - IoT Applications Marketより引用。)

IoT(アイオーティー)は略語で、Internet of Things(=モノのインターネット)というのが正式名称です。

プログラミング言語Rubyの生みの親であるまつもとゆきひろ氏は、IoTを「人間以外とつながるインターネット」と定義しています。*1

従来のインターネットは、「端末のその先」には必ず人間がいました。PCで使うブラウザも、スマートフォンのアプリも、基本的には「人間が情報発信し、別の人間がそれを受け取る」ためのものです。

しかし、IoTは違います。インターネットの先は人間でなくてもよいのです。

例を挙げると・・・

f:id:sky-y:20160723083607p:plain (Top 50 Internet of Things Applications - Ranking | Libeliumより引用。)

  • スマートシティ
    • 自動車や駐車場の管理・制御
    • ビルや家の自動化
    • 構造物(橋、ビル、歴史的建造物など)の保全
    • スマートグリッド(電気メーターの自動化)
    • 美術館における作品保全
  • 環境保全
    • 森の保全・火災検知
    • ゴルフコース管理
    • 地震の早期検知
    • 大気や原発などの管理
    • 川や海の水質管理
    • 野生動物の個体識別・トラッキング
  • 農業(スマートアグリ)
    • 農業のための天候・肥料の管理
    • 植物工場
    • 放牧している家畜の管理
    • 酒造の管理
  • ヘルスケア
    • スポーツマネジメント
    • 老人・障害者向けのアシスタント
    • 病院や老人ホームにおける看護・介護サポート
    • 紫外線測定
    • ペットのモニタリング
  • 商業・流通
    • トレーサビリティー(畑から食卓までの追跡)
      • 一般に、物理的なモノの位置検索
    • NFC決済(非接触型ICカード、SUICAみたいなやつ)
    • 輸送における品質管理・不具合の検出

と、恐ろしく多様な用途があります。

これらは全て「その終端が人間以外(厳密には人間の脳みそ以外)」という共通点があります。*2

Q3: なんでARMプロセッサがIoTにとって重要なの?

A3: 消費電力が小さいから。

今までご覧の通り、IoTが前提とする環境は、電源をまともに取るのが大変な環境ばかりです。農地のように電源線を引っ張れる場合はまだ良く、海上のように太陽光発電に頼るケースもあります。

最悪の場合はバッテリーですら頼れないケースで、これは例えば「コウノトリの足に個体識別用デバイスを取り付けて野に放つ」場合があります。この場合、常時接続はまず無理です。逆に「接続できるときに、電源確保と同時にインターネットにアクセスする」ことを考えます。(このような規格として、Blutooth LE(BLE)などがあります。)

参考: 頭脳放談:第189回 IoTデバイスの電源どうしますか? - @IT

だからこそ、消費電力の小ささが優れているARMプロセッサが非常に重要なのです。

Q4: なんで孫社長はARMを買ったの?

A4: ポンド安のタイミングを狙って、IoTビジネスの胴元を狙いに行ったから。

ここからは、純粋にビジネスの話です。

おそらく、孫社長は上記の流れを熟知し、これからも間違い無くARMプロセッサの需要が伸びるのだと確信したのだと思います。

そして、英国のEU離脱騒動に伴うポンド安が偶然やってきて、「今しかない!」と決断したのでしょう。(ただ「だからARM社を丸ごと買う」という発想は、孫社長以外誰もできなかったと思います。)

アーム・ホールディングスは「バージョン8アーキテクチャー」の発表以来、新規案件の獲得が加速しているように見えます。つまり今買わないと、2~3年後には、もう手が届かなくなる可能性が高いということです。

しかも英国のEU離脱をめぐる国民投票でポンドが安くなっているので、今は千歳一隅のチャンスというわけです。

またスプリントが、ボロ会社を立て直さなければいけない、たいへん手間のかかる案件であったのに対し、アーム・ホールディングスの場合、すでにマーケット・リーダー企業であり、しかもノウハウを売る会社なので、手直しや経営の軌道修正は、一切必要ありません。

(ソフトバンクは何故べらぼうな値段でARMホールディングスを買収するのか? - Market Hackより引用。)

そう、孫社長は「IoTビジネスの胴元」になろうとしているのです。


f:id:sky-y:20160723083606j:plain

ところで、あなたは米カリフォルニアで起こった「ゴールドラッシュ」はご存じでしょうか?

カリフォルニア・ゴールドラッシュ - Wikipedia

1849年を始まりとして起こった、一大ムーブメント。世界中から金を求めて採掘者がカリフォルニアに集まりました。

(現在は諸説あるものの)その中で一番儲けたのは、実は採掘者ではなく、「採掘者に向けてものを売った商人」であるとされています。俗に言う「つるはしを売る」話です。

  • サミュエル・ブラナン: ゴールドラッシュの初期に、あちこちに何でも屋を開く。
  • リーバイス: 金を掘っていると従来のズボンではすぐ破れて困ると、ジーンズを発明する。

私の見解では、孫社長も同じように、「IoTビジネスをする人に対する"つるはし"としてのARMプロセッサ」を売りたいのでは?と思っています。

おわりに

孫社長による買収劇は、表面上はビジネスの話ではありますが、それを理解するためには背景にあるテクノロジーをかなり正確に知る必要があります。

しかし、いわゆる文系の方には、広汎にわたるテクノロジーの知識を学ぶことは、なかなかハードルが高いこともあると思います。

そこで、私からは2つのことを提案します。

  • 「IoTとは何か?」のように、問いを立てて考えたり調べたりすること。
  • 何かプログラミング言語を一つ学ぶこと。(初心者の方にはRubyかPythonをおすすめします。)

前者のことを、私は「哲学する」と呼んでいます。*3

「哲学する」ことは実は子どもの方がうまくできます。ただ、大人になるにつれてそれを忘れてしまいます。それでも「問う」「疑う」ということは、これから非常に大切になってくると思います。ぜひ「問いを立てる習慣」を付けてみてください。

一方、「プログラミング言語を学ぶこと」は、あくまでもきっかけにすぎません。別に少しかじって「あ、無理だわ・・・」と思われても構いません。

ただ、実際にプログラムを書いて分かることも沢山あります。特に「どのようにコンピュータは動いているのか」という興味は、実際にプログラムを書いて挫折してから起こることが多いと思います。

長くなりましたが、以上です。

・・・ところで、IoTって何だっけ?

藤原 惟

*1:2016/7/13 第5回Rubyビジネスフォーラムにて発言。筆者が直接記録した。

*2:まつもと氏の定義は、モノが「人間がコミュニケーションのために使うためのモノ(つまりマン-マシン・インタフェース)」の場合に微妙かもしれません。例えば「身体障害のある人がインターネット経由でコミュニケーションするの補助デバイス」など。

*3:これに対して、いわゆる哲学史を名詞形の「哲学」と呼びます。